ゾンビ屋れい也 リルケ編1


最近、世界が少しおかしかった。
頻繁な地鳴り、局地的な大雨、1日で10度以上の差が出る異常気象。
まるで、天災が人を滅ぼしにかかっているようだ。
そんな状況もあり、大きな収入のあったれい也は小さな依頼をこなし遠出は控える。
そうやって平和に浸っていると何かしら起こるのは、ソンビ屋の運命だろうか。
予感させるように、家の電話がけたたましく鳴る。

「はい、ゾンビ屋で・・・」
「おい、れい也ァ!テメェのおかげでな、とんでもないことになってんぞ!」
突然の大声に、受話器を遠ざける。
「リルケか?どうやって番号を知って・・・」
「そんなことより最近の異常は知ってんだろ、お前の依頼人のあの女がやってんだよ!」
まさか、女性はゾンビ屋でもない普通の人間だった。
ましてや天変地異を起こすなんて、神の成せる所業だろう。

「疑ってんなら、○○の公園に来い!」
一方的に電話が切られる。
以前出会った女性がやっているとは、どういうことなのか。
リルケの怒鳴り声を不満に思いつつも、れい也は外へ出ていた。


前と同じ、人気のない公園へ行く。
ここは大っぴらにできない待ち合わせのために、一般人の立ち入りが禁止されているのではないか。
それくらい静かな場所に、リルケはいた。
「早かったな。気になるよなァ、世界を騒がす異変が自分のせいなんて言われたら」
挑発的な口調に、れい也はいらつく。

「あの宝石、俺様に渡しておけばよかったんだよ。あの女は宝石の力を使って何もかも終わらせようとしてやがる」
「まさか、破壊するって言ってたはずだ」
「確かに壊しやがった、けどな、中のどす黒いモンが女に憑いてんだよ!」
破壊するとは聞いたが、その後のことは知らない。
無事に、とは中の力を逃がさずにという意味だったようだ。

「そいつは、世界の浄化のためにリセットが必要です、なんてほざいてやがる。
れい也、どう落とし前つけるつもりだァ!?」
「落とし前って、僕は依頼をこなしただけでその後のことは契約外だ」
つまり、知ったこっちゃないと無関心をきめこむつもりだったが、リルケが鋭い視線を向けてきた。

「今から行くぞ」
「は?どこへ」
「その女のとこに決まってんだろ!」
リルケは紋章を掲げ、翼竜を呼び出す。

「行きたいんなら、一人で行けばいいだろ」
「のうのうと殺されんの待ってるってのか?王になるのはこの俺様だ、勝手に滅ぼされてたまるかよ!」
リルケはれい也の手首を掴み、無理やり翼竜へ乗せる。
「リルケ、お前ふざけるな!」
手を振り払おうとしても、かなりの力が込められていてびくともしない。
れい也はあっという間に、リルケに連れ去られていた。


空中で下りることもできず、れい也は抵抗を諦める。
まだ逃げると思っているのか、手首はきつく掴まれたままだ。
「わかるのか、相手がいる場所」
「感じるんだよ、どす黒い忌々しさを。ああ、お前はニブいからわかんねーまま利用されたんだったな」
いちいち鼻につくことを言うリルケに、れい也は早速嫌気がさす。
最初は協力するふりでもして、さっさと逃げてしまおうかと考えていた。


やがて、大きな屋敷が見えてくる。
場所は同じものの、その外観はまるでゲームの中の悪魔城のように黒く染まり
まるで、この世の混沌が籠っているようだった。
いきなり突撃するほど無謀ではなく、離れた庭先へ下りる。

「全然雰囲気が違う・・・あの中に、本当に元凶がいるんだな」
「ま、本当の元凶は宝石を俺様に渡さなかったお前だけどな」
「お前に渡してたら、どっちみち皆殺しにするつもりだっただろ!」
れい也が声を荒げたが、リルケは平然として城の方を見ている。

「お出迎えが来たみたいだな」
侵入者を見つけ、白の入り口から黒服の人間がわらわらと出てくる。
「まるでゴキブリだな。行くぜ!」
「指図するな!・・・百合川!」
リルケは剣と翼竜を、れい也は百合川を従え臨戦態勢に入った。

ぞろぞろと出てきた相手は、もはや人にあらざる者だ。
黒服を着ているのかと思いきや、体にぞわぞわとした黒い霧がまとわりついている。
その目は洗脳されているように、真っ黒に塗り潰されていた。
まるで、ゾンビ屋が死者を操っているかのようだ。

「行け、百合川!」
れい也が百合川をけしかけた後に、翼竜だけでなくリルケも続く。
不気味な霧をまとっていても中身は人間のようで、百合川のナイフが敵の腕を切り落とす。
翼竜は、頭をついばんで玩具のように千切っては投げる。
そして、リルケは剣を軽々と奮い次々と首を跳ねていた。

れい也は、少し離れた場所から戦いを静観する。
リルケまで参戦しているのは意外で、何もできていないのは自分だけだ。
ゾンビ屋は死者に戦わせて安全な場所にいるものだと認識していただけに、驚きは大きい。
最も、昔から暴力的だったリルケは楽しんでいるだけかもしれないが
ゾンビと共に首を跳ねる猟奇的な姿は合いすぎていて、目を引いた。

リルケを見ているれい也の方へ、ふいに銃口が向く。
はっと気づいたときには、引き金に指がかかっていた。
「百合・・・」
れい也が百合川を呼ぶ前に、脅威は一瞬で去った。
銃弾が放たれる直前に、リルケが相手の胴体を真っ二つに切っていた。

まさか、守られたのだろうか。
リルケは振り向くことなく敵を切り続けている。
きっと、偶然だろう。
近くに居て目障りだったから殺したに過ぎない。
気に食わない奴は傷付け殺す、リルケは残虐で、自己中で、身勝手な性質しか持っていないのだから。
昔のことを思い出しそうになり、れい也は敵を警戒することに集中する。
黒服の敵は、そろそろ全滅しそうだった。


楽に敵を倒し、城への道が開ける。
血にまみれた三人は、何とも鮮血が似合っていた。
「ぼさっとしてんな、行くぜ」
リルケは翼竜を戻し、先へ進む。
武器も護身術も持たないれい也は、リルケと百合川の後をついて行くしかなかった。

城へ近付くと、れい也にも重々しい空気が伝わる。
この先に元凶がいるのだと、はっきりとわかった。
リルケは扉を蹴破り、城の中へ入る。

「騒々しい・・・ここを誰の城だと思って?」
部下をやられて異常に気付いたのだろう、正面にはすでに女性が待ち構えていた。
その姿は、やはり人間ではない。
身長はゆうに5mはあり、髪の毛は地面につくほど長い。
床一面に漆黒のスカートが広がり、喪服に磨きがかかっていた。

「あら、貴方は・・・おかげでこんな力が手に入ったの。ほら、見て・・・」
女性が壁に向かって手をかざすと、城全体が震える。
そして、壁の一部はぼろぼろと崩れた。

「最初から、力を手に入れて世界中を破壊することが目的だったんですか」
「・・・いいえ。でも、私は宝石のおかげで気付けたの。こんな悲しい世界は壊すしかないって。
悲哀に満ちた世界から人を救うには、それが一番早いって」
自分の考えだけで全てを変えようとする、まるでリルケの思想と似ている。
それが、支配するか破壊するかの違いだ。

「俺様が支配する前に、何勝手なことしてくれてんだ!来い、ホーリーミトラス!」
巨大な敵には巨大なゾンビを、リルケは数多のゾンビの塊を呼び出す。
銃を持つ者は引き金を引き、剣を持つ者は刃を向ける。
「また私の邪魔をする、お前から消えてしまえ・・・!」
女性の髪がうごめき、銃弾を弾き飛ばす。
それはゾンビ達に絡みつき、ぎりぎりと締め付けた。

「そんなもんで、俺様のゾンビを止められるかよ!」
一部のゾンビは髪をつたって、女性の本体めがけて行く。
そこへ女性が手をかざすと、ゾンビの体が震え、粉々に砕け散った。


次々と女性へ襲いかかろうとするが、粉みじんになってしまう。
本体に戻ることができず、徐々に数が減らされていく。
「れい也ァ!何ボーッとつっ立ってんだ!」
リルケの怒号を受けても、れい也は百合川を差し向けることができない。
真っ向から向かって行けば、きっと同じように粉々にされる。
そんな状態になってしまっては、修復するのにどれくらいかかるのか。
最悪、修復不可能になるかもしれない。
自分の、たった一人の特別なゾンビを消されるなんて、世界が滅ぶより恐ろしいことだった。

「・・・駄目だ、できない。百合川、戻れ」
とうとう、れい也は百合川を地獄へ戻す。
リルケのゾンビが無力化されるのを見て、完全に戦意を喪失していた。
みるみるうちに、リルケのゾンビが失われてゆき、崩れていく。
リルケは舌打ちをし、自分の紋章を見る。

「おい、れい也!前に百合川を強化した方法教えろ!」
「でも、あれは・・・自分の寿命をゾンビに捧げて強化するんだ。
どれくらい死ぬのが早まるのかもわからない」
いらついたリルケは、れい也の襟を乱暴に掴む。

「今死ぬか後で死ぬかだろうが、いいからさっさと教えろって言ってんだよ!」
まさか、敵を倒すためとはいえリルケが自分を犠牲にしようとしているなんて。
今世紀最大の衝撃に、一瞬言葉を失う。

「・・・わかった。まずは自分の紋章に傷をつけて呪文を・・・」
迫力に負け、禁術の方法を告げる。
もう、リルケのゾンビはほとんど崩されていた。
標的が自分達になったら、一瞬で終わってしまう。
百合川と同じ場所へ逝けるのなら、それでもいいかと微かに思う。
けれど、それはまだ先の話になりそうだった。
リルケは一旦ゾンビを戻すと、自分の星を剣で斬り、赤く染める。


「魔王サタンよ!地獄に戻りし我の僕に偉大なる力を与えよ!この俺様の幾程の命を持って!」
地の底から激しい地鳴りがし、城を揺るがす。
地面を這っていた喪服はびりびりに破れ、現れる者を妨げることはできない。
さっきの倍の大きさはあるホーリーミトラスが、女性を見下ろす。

「ヒッ・・・き、消えなさい!」
女性が手をかざすが、ゾンビの表面がわずかに崩れただけだ。
髪の毛で拘束しようとしても、引きちぎられてしまう。
ただでさえ強力なゾンビがリルケの命を食ったのだ、敵う相手ではない。

「殺れ!ホーリーミトラス!」
リルケの合図で、ゾンビがぐらりと傾き女性の上に倒れ込む。
単純なのしかかりだが、中のゾンビ達は剣や銃を構えていた。
圧倒的な力の差に、女性はなす術なく押し潰される。
体には無数の銃弾を受け、串刺しにされ、息絶えた。
れい也も圧倒され、口を半開きにしている。


「ハハッ、これが禁術の力かよ、これなら世界の王になるのも楽勝じゃねえか!」
「・・・いや、この禁術には寿命が減るだけじゃない、他にも副作用があるんだ。
リルケ、先に翼竜を出しておいたほうがいい」
「お前に言われなくても、目的は果たしたんだ。さっさと帰るぜ」
リルケは翼竜を呼び出し、ゾンビの塊を地獄へ戻す。
その瞬間、とてつもない倦怠感がリルケを襲った。
足に力が入らず、立っていられなくなる。

「ンだよ、これ・・・急に怠く・・・」
「強力すぎるゾンビを操るのは負担が大きいんだ。僕も、しばらく動けなくな・・・」
言葉を聞き終えない内に、リルケは倒れた。
驚異的な相手がこうも簡単に倒れるのが珍しくて、背中をつついてみる。
何も反応はなくて、完全に気絶しているようだった。

翼竜が、心配そうにリルケの側に寄る。
自分の野望のためとは言え、結果的に守られた。
れい也はリルケを担ぎ、翼竜に乗った。